庄内地区まちづくり協議会「お知らせ・ニュース」

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【ニュース】 菓子野校区振興会協議会が開催されました 2017.6.11
菓子野校区振興会は菓子野小学校区の今屋・千草・宮島自治公民館で組織し、校区の産業・経済・教育・文化活動の振興に関する事項を協議し、校区内の振興発展を期することを目的としています。協議会では平成28年度事業経過報告と、平成28年度収支決算報告が審議され承認されました。また平成29年度新役員の紹介がありました。
協議会に先立ち、三原叢五先生の墓前で神事を行いました。三原叢五先生は明治3年(1870年)三島通庸都城地頭の招きにより鹿児島から庄内に来られ、寺子屋をつくり5歳から15歳までの子弟の教育に当たりました。明治5年(1872年)新しい国の学校制度ができて三原先生は庄内小学校初代の校長となります。ところが明治10年(1877年)西南戦争が勃発、先生はじっとしておられず、学校に留まることを強く要請されたにもかかわらず、薩摩藩士として西郷軍に従軍されたのです。
翌明治11年(1878年)庄内に帰ってこられましたが、すでに庄内小学校には都城から校長が着任していました。そこで村議会では菓子野分教場を創立し、先生を迎え入れます。明治34年(1901年)6月18日、68歳で亡くなるまで菓子野の地で教育に全身全霊で当たられました。墓は菓子野墓地にあります。
大正2年(1913年)には庄内小学校校庭にある「お軍神」に三原先生の顕彰碑(碑文は島田丑弥太氏)が建立されています。また昭和37年(1962年)三原先生没後60年祭のとき長岡重俊氏、花盛林氏により三原叢五先生顕彰会が設立され、昭和47年(1972年)三原先生没後70年祭のとき三原叢五先生顕彰碑が建立されております。その後も菓子野校区振興会でお墓を整理し、現在もきれいに管理を続けています。
先生の没後、しばらくは後任の先生が居られましたが、その後生徒は庄内小学校に通学することになります。菓子野小学校は昭和25年(1950年)庄内小学校菓子野分校として創立され、翌昭和26年(1951年)庄内町立菓子野小学校として独立しています。


【ニュース】 庄内小学校「ふれあい学習」の支援をしました 2017.6.4
平成29年6月4日、庄内小学校では保護者も参加して「ふれあい学習」が行われました。校外から講師を招いての学習もあり、庄内地区学校支援地域本部では3年生、5年生、6年生の学習支援をしました。
3年生(地域を知ろう)は関之尾町の関之尾むかえびとの会の末原鶴雄さん夫妻、奥田さんにより、「お雪さん物語」の紙芝居と夫婦踊(みとおどり)の指導がありました。
5年生(環境学習)はもちなが邸で行われ、蒲生芳子さんによるビオトープのお話がありました。そのあともちなが邸の庭で食べられる野草を探し「ドクダミ」や「ユキノシタ」などを摘み、保護者と一緒にてんぷらにして味わいました。
6年生(がねづくり)は食生活推進員の佐藤としさんと坂元洋子さんががねづくりを指導。材料の計量の方法や、包丁の使い方などを習い、実際にサツマイモなどの材料を切り、油であげるところまで行いました。写真はがねづくりの様子です。


【ニュース】 庄内小学校5年生の校外学習(史跡めぐり)を実施しました 2017.6.2
目的は次の通りです。
@.庄内地区の史跡や石垣群を巡り、ふるさとのよさを見直す。
A.交通安全や集団行動のきまりを守り、友達に迷惑をかけずに安全に行動する。

庄内地区まちづくり協議会教育文化活動部会が支援し、ガイド役は「庄内の昔を語る会」が協力しました。
庄内小学校5年生(男子16名、女子8名)が8時45分に集合し、教育文化活動部会花原恵子副部会長のあいさつのあと、庄内の昔を語る会の七牟礼純一さんの案内でお軍神の説明からスタートしました。
三島通庸遺徳の碑や、日清戦争、日露戦争の記念碑、三原叢五先生の碑、庄内空襲の記念碑の説明がありました。
その後安永城跡に上り、南洲神社>地頭仮屋跡>山久院跡・豊幡神社>諏訪神社>菅原神社>願心寺(本堂、書院、山門)>もちなが邸石垣>最近建てられた種田山頭火句碑>釣こう院跡を巡り、11時40分頃庄内小に到着しました。参加した児童の感想は、知らないことがたくさんあってびっくりしたとのことでした。写真は安永城跡で七牟礼さんの説明を聞いているところです。


【ニュース】 庄内地区学校運営協議会委員懇話会を開催しました 2016.5.30
 庄内地区には庄内中、庄内小、乙房小、菓子野小の4校があり、それぞれに学校運営協議会が設置されています。各校8名計32名の委員や学校関係者に呼びかけ懇話会を開催しました。庄内地区まちづくり協議会では、平成28年度から「庄内地区学校支援地域本部」を発足させました。地域の各団体や住民による学校支援ボランティアを実施しており、平成28年度は16件の支援を実施しました。また庄内中学校生徒による地域のイベント等へのボランティア活動も盛んになっています。
 懇話会では釘村美千也庄内地区まちづくり協議会会長のあいさつがあり、各学校長が委員や学校スタッフの紹介を行いました。その後都城市学校教育課小野田指導主事による「都城市の学校運営協議会制度について」の説明がありました。今年度初めて委員になった方を含め、いかに地域とともにある学校づくりをしていくのかが理解できたと思います。また庄内地区コミュニティ・スクール体制、学校支援の事例などの説明もありました。
 懇話会のあとはそれぞれの学校ごとに部屋に分かれ、第1回の学校運営協議会を開きました。(参加者委員27名、学校関係者12名、まち協4名、学校教育課2名、計45名)


【ニュース】 山田町からまち歩きに来られました 2017.5.18
山田町の健康づくりグループ「けやき会」のみなさん27名がまち歩きに来られました。都城市健康課が発行している「みやこのじょうウォーキングマップ」を見て庄内に興味を持っていただいたようです。
新緑の中もちなが邸石垣や建立されたばかりの山頭火句碑、釣こう院跡・山久院跡・諏訪神社などの史跡、願心寺などまち歩きを楽しまれました。ガイドは「関之尾むかえびとの会」の花原会長と佐々原さんが務めました。


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